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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2756号 判決 1968年3月28日

原告 梅津八重蔵 外一名

被告 京成電鉄株式会社 外一名

主文

一、原告らの請求は、いずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告ら――「被告らは連帯して原告梅津八重蔵、同梅津ふよ(以下順次原告八重蔵、同ふよという。)に対し各四〇〇万八四一九円および右各金員に対する昭和四〇年一月二四日から、ならびに原告八重蔵に対し五一万二七五一円およびこれに対する昭和四〇年六月二〇日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決および仮執行の宣言

二、被告ら――「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二請求原因

一、(事故の発生)

昭和四〇年一月二三日午前八時二〇分頃、訴外梅津弘(以下弘という。)は自転車(以下被害自転車という。)に乗つて京葉道路(以下本件道路という。)を亀戸駅方面から小松川方面に向かつて(以下下り線といい、道路反対側を上り線という。)東進し、東京都江東区亀戸町九丁目一五〇番地先路上にさしかかつた際、被告野老良明(以下被告野老という。)運転の大型乗用自動車(足二い五二〇号、以下甲車という。)に轢過され、約一〇分後の午前八時三〇分頃、頭蓋底骨折等の傷害により死亡した。

二、(被告会社の地位)

被告京成電鉄株式会社(以下被告会社という。)は当時甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者である。

三、(被告野老の過失)

被告野老は本件道路下り線を東進し、本件事故現場にさしかかつた際、前方を右から左に横断しようとしている訴外岩井保(以下岩井という。)運転の大型貨物自動車(千一す八八一七号、以下乙車という。)を通過させるため一時停車した。自動車運転者たるものは一時停車した後発進する場合には、それに先き立ち前方、左右に注意して自車の周辺の人や物に対する安全を確認した後、これらに自車を接触させないようにして発進すべき注意義務があるにもかかわらず、被告野老は格別の注意もせずバツクミラーも見ることなく(しかもこの時車掌の訴外諸田圭子(以下諸田という。)は甲車の中央部よりやや後部にいて乗客と雑談をし停車から発車までの間前記のような何らの注意もしていなかつた。)、発車後弘を左前輪で轢過して初めてブレーキをかけ、しかも左に切るべきハンドルを右に切つたため更に左後輪で轢過する結果を惹起させたのであつて、被告野老には本件事故発生についての過失がある。

四、(損害)

(一)  弘の失つた得べかりし利益

弘は当時一七才の健康な男子で、都立小松川高校二年に在学中であり、明朗、闊達な少年であつて、写真撮影に特技を有し、朝日新聞社写真部主催の東部地区高校写真会の昭和三九年三月例会には一等を、五月例会には二等を獲得したほどであり、本人は勿論のこと原告ら両親もその才能を生かしカメラマンとして一家をなす期待に燃えていた。ところで弘は本件事故の翌年である昭和四一年三月に前記高校を卒業する予定であつたから卒業後カメラマンとして稼働し少なくとも高校卒業者の平均初任給程度の収入を得たであろうと考えられる。従つで昭和四〇年度高校卒業者の平均初任給一万六四九五円に昭和四一年度の初任給の増額予想五パーセントを加算した一万七三二〇円程度の月収を得たであろうと考えられる。ところで同人の食費は大蔵省昭和四二年三月二五日発表の統計表によれば昭和四〇年一人一か月分の食費が五六〇六円であることから推認して同人も同程度の食費を要したものと考えられる。従つて弘の一か年間の純収益は一四万〇五六八円となる。一七才の男子の平均余命は昭和三九年総理府統計局編、日本統計年鑑生命表で五二・九三年であるから同人はカメラマンとして同程度稼働しえたものと考えられるので、ホフマン式(複式)計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して弘の死亡時における現価を求めると三五五万〇九四五円となりこれが弘の失つた損害である。うち三〇一万六八三八円を求める。

(二)  原告らの相続と保険金の受領および充当

原告らは弘の両親であり同人の死亡により右逸失利益の損害金を各二分の一宛相続により承継した。ところで原告らは自動車損害賠償責任保険金を各五〇万円宛受領したので右金員をこれに充当すると残額は各一〇〇万八四一九円となる。

(三)  原告らの慰謝料

原告らは弘の死亡により多大の精神的苦痛を蒙つたが、右苦痛に対する慰謝料として各三〇〇万円が相当である。

(四)  葬式費用等

原告八重蔵は弘の葬式等のため次のような出捐をした。

1 一盛病院の処置料      一八〇〇円

2 葬式費用       一五万六一五一円

3 仏壇仏具購入代     二万九五〇〇円

4 法要費         七万九三〇〇円

5 墓地および石塔購入代 二四万六〇〇〇円

合計        五一万二七五一円

五、(結論)

よつて原告らは被告らに対し自賠法三条により各逸失利益の損害金一〇〇万八四一九円、慰謝料三〇〇万円の合計四〇〇万八四一九円および右各金員に対する事故発生翌日である昭和四〇年一月二四日から、更に原告八重蔵は葬式費用等の損害五一万二七五一円およびこれに対する昭和四〇年六月二〇日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因第一項について

被告ら――認める。

二、同第二項について

被告会社――甲車を所有していたことは認め、その余は否認する。

三、同第三項について

被告野老――被告野老が本件事故現場で岩井運転の乙車を通過させるため一時停車し、乙車が通過した後発進した点は認め、その余は否認する。

四、同第四項について

被告ら――不知

第四被告会社の免責の抗弁

一、(運転者被告野老および車掌諸田の無過失)

被告野老は乙車の後部が甲車の前面を通過し終るや甲車の前方を注視し、次いでバツクミラーにより甲車車体両側に接近して存在する人車のないことを確認のうえ真直ぐ発進した。車掌諸田は乗客に向かつて説明中であつた。

二、(運行供用者たる被告会社の無過失)

被告会社は甲車の運行に関し注意を怠らなかつた。

三、(被害者弘および第三者岩井の過失)

被害者弘は甲車がセンターライン近くで停車しており、その付近の道路の状況は丁字交差点で角にはガソリンスタンドが存在するのであるから、甲車の陰から人車が丁字路ないしはガソリンスタンドヘ向かつて出て来ることは十分予知できたか、或いは甲車の陰から出て来た乙車を認めえたはずであるから、甲車側面付近で一時停車し、乙車が前面を通過し終つてから発進すべきであつたのに、停車中の甲車の左後方から漫然高速で被害自転車を進行させ、横断中の乙車を至近距離に至つて初めて発見したが間に合わず右自転車前部および同人の身体が乙車の荷台後方に接触し、そのはずみで転倒し放り出されたため、発進せんとしていた甲車の左側前輪と後輪の中間に倒れ込み甲車の車体下に架線してあつたアンテナ線を切断したうえ、後輪で轢過されたものである。また岩井は甲車の陰から出た際、左側方から近接して来る弘と被害自転車を認めたはずであるから一時停車して、又は徐行して右自転車を安全に通過させるべきであつたのにそのまま進行を継続して本件事故を惹起させたのである。以上のとおり本件事故は弘と岩井の過失が競合して発生したのである。

四、(機能、構造上の無欠陥)

甲車には機能の障害も構造上の欠陥もなかつた。

第五被告らの過失相殺の抗弁

かりに免責が認められぬとしても、弘には前記のような過失があるので、原告らの損害賠償額の算定につき斟酌されるべきである。

第六抗弁に対する原告らの認否

いずれも否認する。

第七証拠<省略>

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項は当事者間に争いがない。

二、(被告会社の責任)

被告会社は、当時甲車を所有していたこと当事者間に争いがないので、甲車を自己のために運行の用に供する者であつたということができる。

そこで被告会社の免責の抗弁について判断する。

(一)  成立に争いのない甲第三号証の一、二、第一〇号証の一ないし七、乙第一号証、証人石井春夫の証言によりその成立の認められる甲第四号証、証人中島多門、同福島治寿、同平林良次、同岩井保、同石井春夫、同三浦正太郎の各証言、被告野老本人尋問および検証の結果を総合すると次の事実が認められる。前出甲第四号証の記載および証人石井春夫、同岩井保の各供述中、右認定に反する部分はこれを採用しない。

1  事故現場の状況

事故現場は中川新橋西詰から西方約一三〇米の本件道路上であり、現場付近の本件道路の状況は東西に走る直線平坦な歩車道の区別のあるアスフアルト舗装道路であり、車道幅員約一六米、歩道幅員両側ともに約四米で、北側には北西に走る道路があり、その道路の西側に接する角に訴外垣見油化株式会社経営のガソリンスタンドがあり、右道路からいくぶん東方の本件道路南側に南方に走る道路があり、その道路の東側に接する角に訴外金森興業株式会社の建物があり、現場付近の路上には何らの障害物もなかつた。

2  本件事故発生の態様

岩井は乙車を前記金森興業株式会社から右ガソリンスタンドに移動させるために、本件道路を斜めに横断しようとして上り線内に侵入したが、下り線を対向して来る車両があつたため一時停車して横断の機会を待つていた。被告野老は三七名の乗客を乗せて甲車を運転して下り線内センターライン寄りを東進し、本件現場にさしかかつたところ上り線内に横断のため待機している乙車を認め、自車の前面を通過させようとして乙車の手前約三米の地点のセンターライン寄りに一時停止した。そこで岩井は乙車を発進させて甲車の前面を通過しながら甲車の左側に存する車線上の車両の動静にも意を払つたところ、車が既に二、三台停車していたのを確認し(この時岩井は被害自転車と弘には全然気がつかなかつた。)、安心して進行を続け、乙車の後部が甲車の前面を通過し終つた頃ほんの一時、停止したがすぐ発進し、乙車の前部がガソリンスタンドに入つた頃「コツン」という音を聞いたがそのまま進行してガソリンスタンド内に入つた。一方甲車は乙車が前面を通過するや前方の確認とバツクミラーにより左右の確認の後(このとき被告野老も被害自転車と弘には全然気がつかなかつた。)、たゞちに発進したが五ないし一〇米進行したとき、被告野老は左後輪にシヨツクを感じ、急制動して数米先に停止した。当時車掌の諸田はバスの前部で後方を向いてマイクで説明していた。

3  事故後の甲車、乙車、弘および被害自転車の状況

甲車の左側車体下にあるアンテナ線が、前から約四〇糎のところで切断されていたが、その他に甲車の左側面には被害自転車或いは弘との接触によるものと認められる痕跡はなかつた。乙車の左側後部角の地上〇、八米の箇所に被害自転車のハンドルの握り部分に巻いてあつた黒ビニールテープの一部が付着していた。弘は頭を北方に向け背を甲車の方に向けて右側面を下にして横向きに倒れており、同人の着用していた学生服の上着背部の中央部分に縦にほうき星状の跡があり、その付近と、ズボン背部の左足大腿部にあたる部分と腰部に甲車のタイヤ痕が認められた。なおその上着のタイヤ痕が甲車の前輪によるものであるか後輪によるものであるかについては、前出甲第一〇号証の一ないし七、証人平林良次の証言によれば甲車のタイヤを調査した結果前輪のタイヤ痕は見あたらず左後輪のタイヤ痕が認められたことが認定できるので、弘は左後輪により一度轢過されたものと考えられる(前出甲第四号証および証人石井春夫の証言中には、弘は甲車の左前輪で轢過され更に左後輪で轢過されたものであり、その根拠は前記ほうき星状の痕跡は後輪だけでは発生しえず、上着のタイヤ痕の幅は細いものであるから後輪によるものではない旨の部分があるけれども、同人の調査においては甲車のタイヤの確認さえ行われていず、又ほうき星状の痕跡もハンドル操作によつてのみ発生するものとは容易に考えられず、上着のタイヤ痕についてもその幅を確定しえないのであり、いずれの点からみても前掲各証拠に照らし措信することができない)。被害自転車がどのような状況で路上に転倒していたかは本件全証拠によるも確定しえないが、同自転車のハンドル左側屈曲部黒ビニールで巻いた部分に何か固い物件に衝突したと認められる横〇・九糎、縦一・五糎の切傷痕があり、かすかに乙車の塗料と同一の青色の塗料が付着しており、ハンドルは約四五度ねじ曲つていたが他に損傷はなかつた。なお同自転車の左ハンドルの衝突部の高さは地上〇・八米位であつた。

4  右認定の諸事実と甲車運転席からバツクミラーを使用した場合の左側方の視界の範囲に関する検証の結果とを総合すると、本件事故の経緯としては、次の事実が推認される。

弘は被害自転車に乗車して本件道路下り線を東進し来り、甲車が乙車を待つての一時停止と発進の間に甲車左側方の視界範囲外の部分いわゆる死角圏内に入り、そのまま進行して乙車の左側後部角に自転車を激突させ、その反動で既に乙車をやりすごして発進していた甲車の前輪と後輪の間に倒れ込み、その衝撃によつて同車のアンテナ線を切断させた。そして北側に頭を向けてうつぶせに倒れている弘の左足大腿部あたりから胴にかけて斜めに左後輪(ダブルタイヤ)が轢過したものである。

(二)  右の事実認定をもとにして、被告会社主張の免責の抗弁中被告野老および諸田の過失の有無について案ずるに、一般に、他車の横断を待つて一時停止し横断後発進する場合、バスの運転者としては後方および側方の安全確認につきバツクミラーを使用する程度で足り、一時停止中バツクミラーの死角圏内に歩行者や自転車など低い小さいものが入るのを現実に認識するか、少なくともこれを予見しえたような特別の事情がない以上、発進の度に、自らないし運転補助者によつて、死角圏内の安全を確かめねばならぬ義務あるものではない。本件甲車はセンターライン寄りを走行していたのであり、左側歩道との間にはなお一車線を存じていたので、右の特別の事情はなかつたものというべきであつて、被告野老および運転補助者たる諸田にはその点の過失はないし、後輪による轢過も、自転車の接触が甲車とでなくて乙車とであつた以上その回避を期待することはできなかつたものと言うべきであり、むしろ、前認定の諸事実に基づき、本件事故の主たる原因は弘が交通法規どおり道路の左側端に寄つて進行しなかつたことに存すると断ずべきものである。

また運行供用者である被告会社が甲車の運行に関し注意を怠らなかつたことおよび甲車に機能の障害または構造上の欠陥のなかつたことは前掲各証拠によりこれを認めることができる。従つて被告会社の免責の抗弁は理由があり、これに対する原告らの請求は理由なしと言わざるを得ない。

三、(被告野老の責任)

被告野老が本件事故発生につき無過失であることは前述のとおりであるので、原告らの被告野老に対する請求もこれを認めることができない。

四、(結論)

よつてその余の判断に及ぶまでもなく、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条、第九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 山口和男 原田和徳)

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